水巻ブログ
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2012年01月26日
 ダルビッシュ・有という日本人

 本格的な冬の到来です。亀岡の朝も 毎日寒く 車のフロントガラスが凍り付いています。
エンジンをかけ 車の中で氷が解けるのを待っていると 体の芯まで冷たくなります。

 一昨日 日本プロ野球界のエース ダルビッシュ・有投手が 大リーグ移籍決定後 
札幌ドームで ファンの前で記者会見を行いました。とてもいいものでした。
プロスポーツ選手とは ファンあってのものと しっかりと理解し みんなの声援を受け
アメリカでの戦いに挑んでいきます。

しかし 彼も最初から ファンあってのプロスポーツとは 考えられてはいなかったのだと
思います。中学時代から スター選手で 高校でもチヤホヤされ 勘違いしていた時代も
あったと思います。(未成年での喫煙など)しかし 札幌の暖かいファンの声援の中
選手として 人間として成長し 日本を代表する投手となりました。
記者会見の中で 何度も ファンへの感謝の気持ちを語った彼は アメリカでも
日本人としてしっかり頑張ってくれると思います。

この「日本人として」ということは とても大切なことです。彼の記者会見の中で 「最近 
日本の野球の評価が 低くみられている気がする」という発言がありました。
彼には 日本人としての自覚があります。

お父さんがイラン人(現在は日本国籍) お母さんが日本人の彼。小さい時から 周りとは
違う自分がいたと感じていたと思います。両親が日本人だと感じることは少ないのですが 
お父さんとお母さんの国籍が違うと 自分は何人なのかと考えてしまうものだと思います。
イラン人なのか。日本人なのか。つまり 自分は何なのか。自分だけではなく 周りからの
目も違ったと思います。周囲からの目が他の日本人と違うことが 先だったかもしれません。
とにかく 彼は国籍ということを 小さい時から意識させられ育ってきたのだと思います。

 私も 1993年まで 自分が日本人であることをはっきりと自覚はしていませんでした。
しかし アメリカに住み どこの人間かと聞かれたり 日本はどんな国なのかと聞かれ
話したり また身分証明書(グリーンカード等)を取るために写真を撮られ 手の指全ての
指紋を採られ アメリカで「自分は外国人」ということを経験しました。その経験を経て 
「自分は日本人」であるということを しっかりと自覚できるようになりました。
今では 日本人は 世界の中で とても優秀な民族であることを理解しています。

国籍だけではありませんが 自分自身が何なのかということを しっかり意識できることは
生きていく上で とても大切なことです。それを しっかり 自分で理解できれば
行動すること 発言することがはっきりとします。ダルビッシュ・有くんの記者会見も
しっかりとしたものでした。

日本人であること。男であること。おんなであること。父親であること。母親であること。
それらを自覚することは 大切なことです。いつまで経っても子どもでは(人様の世話に
ならなければ生きていけない) 日本は 子どもばかりの国になってしまいます。

 世界で戦おうとするダルビッシュくんの発言や 全豪オープンテニスは ベスト8で負けて
しまいましたが がんばっていた錦織君のプレーは 今までの 「海外へ行くんだ」と
力が入っていた先輩達とは違い 昭和20年から押さえつけられてきた 日本の力の
復活の兆しのような気がします。

私達は 何人なのか。どこから来たのか。私達の先祖はどう生きてきたのか。
こんなことを 小さい頃から 勉強することが とても大切なのだと思います。
それが 私達が生きていくうえで 大きな役割を果たすのだと思います。 

あなたは何人ですか?自国のことを どれくらい 他の人に話せますか?

2012年01月23日
 動き出した日本

 今週は寒くなりそうですが 旅館の庭にある梅の木は 着実に春の準備を始めています。
茶色い枝の所々に 蕾をつけています。今年も例年通り 季節は進んでくれそうです。

 オーストラリアで日本男児 頑張っています。錦織君が 日本人で始めて 全豪オープン
テニスで4勝し ベスト8に入りました。小さいときからテニスが上手で 中学生のときに
アメリカ・フロリダ州・ボッカラトンにある IMGアカデミーという スポーツ学校へ行き
午前中は勉強。午後はテニスの練習。世界中のテニスの上手な子が集まった中で
力をつけてプロに転向し ここ1~2年 世界ランクを少しずつ上げ 現在はワールド
ランキング26位。まだまだ 上に行きそうです。

何故 彼は 世界で戦えるのか?それは 中学生からアメリカに行った事で 自分の
意思をはっきりと 相手に伝えられるようになったからです。つまり 英語で自分の意思を
伝える事や 相手が言っている事を理解できるようになったことが大きいのです。
世界で戦うには 言葉が話せることは 絶対に必要です。これはゴルフの世界でも
一緒です。

 ゴルフのメジャー競技の マスターズ・全米オープン・全英オープン・全米プロ。すべて
英語圏です。更に アメリカツアー・ヨーロッパツアー・南アフリカツアー・オーストラリア
ツアー・カナダツアー・アジアツアーなど 主要なゴルフツアーは 日本を除いて すべて
英語です。挨拶ぐらいでは話にならず 日常の会話だけでも駄目で 英語を話す人たちと
楽しく食事をしたり 遊びに行ったり 旅行を出来るくらいではないと対等ではありません。
つまり 通訳をつれて歩いているようでは戦えないのです。

そして もっと大切な事は 彼は 強い選手も同じ人間だと思っている事だと思います。
IMGアカデミーは 今までも 世界の名プレーヤーをたくさん生み出してきました。
もちろん 錦織君の世代で強い選手もたくさんいます。そんな中で育ってきた彼は
テニスが強い選手は テニスは上手ですが 自分と変わらない同じ人間だという事を
体で分かっているのだと思います。大きなことです。

日本にいるときは 堂々としているのに 海外へ出て行くと 小さくなってしまう。
昭和の時代でしたら しょうがないことだと思いますが 日本国内だけでの戦いではなく
世界で戦うことが ファンも関係者も そして自分も 期待をする時代です。そのためには
言葉を覚えること。そして 自分が 日本人であることにプライドを持つこと。
自分にプライドがないと 外国の人たちとは戦えません。(世界中 自分が生まれた国を
嫌いな人は少ない)そして 世界中の競技者は 強い弱いに関わらず みんな
夢を追いかける人間だということを はっきりと理解することです。そうすると 誰でも一人でも
頑張れます。

がんばれ 日本人。


 《新しい時代への変化》

    ・相撲界一番の力持ち 大関把瑠都の初優勝。
    ・卓球の福原愛ちゃんの 全日本選手権初優勝。
    ・錦織圭君の オーストラリアオープンベスト8 日本人初。 

   どうして 今まであっても不思議でないことが この2012年になって起こったのか?

   やはり 今年は大きな変化の年になるのかもしれません。
 

2012年01月16日
 人間の力をあまり必要としない道具の進化

 今年もハワイから アメリカのゴルフツアーが始まりました。寒い日本とは別世界です。
青空・雲・海・風 どれをとっても気持ちが良さそうです。

 今年も 丸山君をはじめ 日本人選手たちがソニー・オープンに参加しました。3人だけが
予選を通過しましたが 全体的に良い結果ではありませんでした。やはり お客様のように
スポットで参加しても 層の厚いUSツアーでは難しいようです。

 今回少しびっくりしたことがありました。それは あまりにギャラリーの数が少ないことです。
土曜日の優勝争いをしている組でも 人数が数えられるくらいでした。スター選手が
優勝争いをしていないこともありますが それにしても少ないです。何故?

大きな理由は 新しい選手が多いからだと思います。私は ここ1~2年 アメリカツアーを
見ていなかったのですが 知らない選手がたくさん出ていました。ゴルフだけではなく
他のスポーツでも同じですが 有名選手がいて そこに新しい選手が出てくるという
構図が 見やすく 応援しやすいのですが ほとんどが知らない選手だと レベルの高い
ゲームならば まだ見ていられるのですが やはり飽きてしまいます。
それに 知らない人だけでは 会場に足を運んでまで 見ようとしないのだと思います。

では 有名選手とは?勝つだけでは ダメです。勝ち方が必要です。その上 何年も続けて
活躍していないと 見ている側は覚えられません。タイガーだけではなく ミケルソンやエルス
今までの パーマー・二クラウス・ワトソン・セベ・・・達のように。しかし このような個性的な
選手達が出現しづらくなっています。どうしてか?

 私は 道具の進化が 大きな影響を与えているのだと思っています。少し練習をすれば 
300ヤード飛ぶドライバーが作られ ボールの上がりやすいアイアンやユーティリティー。
スピンがかかりやすいロフトが選べるウエッジ。イップスになって パッティングが
だめになっても使える 中尺や長尺シャフトのパターが作られました。そして以前だったら 
林の中へ曲がっていたボールも 横への回転数を抑えたボールへと進化しました。

人間が成長し 熟練することなく 小さい時から 飛んで 曲がらず アンダーパーで
プレーできるように ゴルフの道具は進化しました。つまり たくさんの練習をしなくても
いいスコアでプレーできる。こんな人たちが 次から次へと。ファンは選手を覚える暇なく
また新しい人たちが・・・。こんなことが 会場に足を運んでまで 見たいという選手が
減っている原因だと思います。

 道具の進化は 人間の魅力を引き出しづらくなっています。
プロのトーナメントでの 道具の制限ということも 考えなくてはいけない時期に来ている
のかもしれません。野球の 木製バットと 金属バットのように。

2012年01月13日
 「口コミ」の落とし穴

 お正月が終わったばかりなのに 今年も街には [節分]の文字が目立ち始めました。
世の中は先のこと 先のことと忙しいです。何故そんなに急がなくてはならないのでしょうか。
最近時が過ぎることが早いと感じるのは こんなことが原因なのかもしれません。

 先週末 何かの菌が私のお腹の中に入り 一昨日まで気持ちが良いくらいの下痢でした。
熱などは無く元気だったのですが 食欲もありませんでした。おかげで 正月に溜め込んだ
体重が5キロ近く減ってしまいました。体重が減ることは嬉しいのですが 食べることが
大好きな私にとっては 残念な日々でした。やはり元気は 大切なものです。

 食べることと言えば 何日か前に 「食べログ」のことが話題になっていましたね。
お店で食事をした人が そのお店についての評価を 「食べログ」サイトに書き込むもので
この一件は お店のほうで お金を払い 自分の店の評価を上げようとしたことが問題に
なりました。人間ひとりで 「何でもできる」と勘違いしやすい今の時代。情報はネットに
頼りがちです。もちろんレストランなども この「食べログ」などの評価を見てから決める人が
増えてきました。私も 見る事があります。

考えてみると 今回の事件は 評価を上げようと店側が起こしたものですが 反対に
評価の良い店の 評判を下げるために ライバル店が 悪い評価を書き込むことも
できます。この事はないとはいえないことです。どこまで信用していいのか。
評価の良い店は 間違いでも問題はありませんが 悪い評価を書かれたほうは大変です。
営業妨害にもなりかねません。

 作り上げた評価の書き込みとは別に ほとんどは食べた人たちの評価の書き込みです。
良い評価の場合は 問題ありませんが 悪い評価には 問題があります。悪い評価を書いて
いる人は お店のためを思って書く人も多少はいますが ほとんどは 不満を書き込みます。 
実は このことが大きな問題なのだと思います。

悪い評価は そのお店の人たちの心を傷つけます。書き込む人たちは ペンネームのように
名前を書く人もいますが 悪い書き込みは 匿名の人が多いと思います。自分の顔は
見せずに人を評価します。どれだけお店の人が傷ついたか等は 意に介しません。
「私はお金を払っているのに 美味しくないのだから これくらい書かせてよ!」と。

 人間は 人を傷つけながら 成長していきます。ネットが無い時代も 小さい頃から 
人は 一人ではなく みんなで生きてきました。子どもの時けんかをし 他の人を
目の前で 傷つけ 傷つけられ成長し 傷つけられた時の痛みを覚え 優しくなって
いきました。だから 本当に文句を言いたい時は 本人に面と向かって言ったものです。
それだけ 覚悟を持って 人に意見をしたものです。

しかし現在は 傷つけられた経験のない 痛みを知らない人たちが 平気で人を評価できる
環境になっています。解決するには 私は 匿名やアドレス・ネームのようなことをやめ
書き込む人は 全員 写真入りの実名で書くべきだと思います。そうすれば自分の発言にも
責任が持てると思います。人や物を評価するということは それほど責任が伴うものです。

食べる側が 好き勝手に書き込める時代になってしまったのを受け 行きつけの食べ物屋の
ご主人が面白いことを言っていました。「ひどいことを書かれるんですよね。こっちだって
言いたいことはたくさんあるんです。誰か 店ログでも 作ってくれないかな」って 
冗談で言っていました。
『店ログ』とは お店の人が お客さんのことを書き込むサイトだそうです。面白い。

結局 結論は 「百聞は一見にしかず」 自分で確かめるしかないですね。
そして 食べ物は嗜好品ですから 好き嫌いがあって当たり前。
いくら 人が 「嫌い」と言っても 自分は 「好き」 というとはありますよね。


2012年01月05日
 ささやかな幸せほど 心満たすものは無い

 4日の京都の街は 夕方から雪です。亀岡も もちろん雪。一時は横殴りの雪。
それでも 雪がやむ時間もありました。やんだ合間に うちの旅館の庭をみると 松や
葉の無いもみじの木々に 雪がかぶり それに照明が当たり まるで写真のように
きらきらと輝き うっとりと見入ってしまいました。自然とは 本当に美しいものです。

 昨日ニュースを見ていた時 ある言葉に引っかかってしまいました。
「ささやかな幸せ」 と女性アナウンサーが言った事に 引っかかってしまったのです。
今年はどんな年にしたいですか?という質問を 街で歩いている人にしていました。
ほとんどの人が 今年は 「健康で一年を過ごしたい」「家族が元気でいてほしい」
「何事も起こらないでほしい」「楽しく暮らしたい」などと話していました。 
それをまとめた アナウンサーのコメントでした。

残念です。人間が幸せに生きていくうえで もっとも大切で 基本的な思いを 簡単に
「ささやかな幸せ」と言ってしまう人が 公共放送で話していること。昨年の大災害で 
私達は気づき始めています。大切なことを。それなのに 何百万人いや 何千万人の前で 
不用意に発言してしまう。

最近 「自分らしく生きる」とか「夢を追いかける」とか 耳障りのいい言葉が 世の中に
氾濫しています。私は こんなことのほうが 余程 「ささやかな幸せ」のように思います。

思い切って 自分のことを書きます。

私は 大学生になって 大学のゴルフ部に入ることで ゴルフを真剣に始めました。
(高校時代に何回か 親父とコースはプレーした経験有)大学に入った頃は
ドライバーが 大きくスライスし コースのプレーでは使えませんでした。ウッドは
ドライバーのほか 4Wしかもっていなかったので 2年生の途中までは ティーショットは
4W。それでもスライス。運だけで 4年生の時に日本学生ゴルフ選手権で 2位になり
勘違いをし プロを目指してしまいました。

そして3年半が経ち これでプロテストは最後にし 落ちたらプロになることを
あきらめようとした最後のテストで トップで通過して プロになってしまいました。
プロ入り4年目で初優勝。93年にアメリカのQスクール通過。94年アメリカの試合で2位。
日本人の大好きなマスターズには出ていませんが 全英オープン出場3回。

メジャーに出たいとか 勝ちたいとかは あまり思わず 目の前のニンジンを追いかける
馬のように 目の前のことだけを追いかけていたら アメリカのオーランドに
裏は湖 プール・ジャグジー付きの大きな家に住んでいました。タイガーやケン・
グリフィー(超有名なメジャーリーガーだった)と友達になり アメリカ人でもが
憧れるコミュニティーにいました。

しかし 余裕のあるお金と家や車はありましたが あまり幸せは感じませんでした。
良かったことは タイガーやケンも 普通の純粋な男の子だったことが わかったことくらいで 
アメリカは 知らないより知っていたほうが良いと思うくらいのものでした。
2006年に離婚をし 日本に戻り 親父とお袋と暮らし 次の年の10月に京都に来ました。
それからお袋が亡くなり 親父も亡くなりました。

運良く ゴルファーとして上手くいきましたが 上手くいくことと幸せなことは はっきりと
違うことを学びました。女性アナウンサーが言った 「ささやかな幸せ」ほど 人間にとって
幸せな事はないのではないかと。家族が健康でいることや 子どもの笑顔を見られることや
おしゃべりをしながら食卓を囲むこと・・・。このことが どれほど人間の心を満たして
くれるものか。

今私は 好きなものを食べられくらいのお金しかありませんが たくさんの人に恵まれて 
幸せです。鳴尾ゴルフ倶楽部にお世話になり ゴルフが大好きな先輩達の言葉を聞け 
気の合う仲間達と一緒に飯を食ったり 風呂に入れたりする旅館という 日本的なものの
中に身をおき そこで働く 人間として真面目で 人のいい人たちに囲まれ そして一番気の
合う久美と仲良く鍋をつつき ありがたいことだらけです。現在の夢は みんなが元気で
ニコニコしていてほしいことです。

 最近 きれいな女性や カッコのいい男性が増えました。だけど魅力のある
おんなや 男が減っています。精神が大人になれない人も増えています。
「ささやかな幸せ」が大切なことを 知らない人もたくさんいます。
それに気づいた者としては 伝えていかなくてはと思っています。

2012年01月04日
 2012年

 明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。

 2012年が始まりました。マヤ暦の終末論など 今年は何かが起こる と言われている
年です。マヤ暦は マヤ文明の中の一つの長期暦で 2012年12月21日から23日頃に 
一つの区切りがあることから 後の時代の人間が そのように言っています。未来を
予測することは 現段階では 人間には不可能なので 予想でしか(予言ともいう)
ありません。(一般の人間にはわからないところで 未来が見えている人は
いるのかもしれませんが)

しかし昨年は 人間が予測できない大災害が 日本を中心に世界中に起こりました。
そして お金という 人間が作り出したものに振り回さている 経済を第一に考えてきた
社会にも 疑問を持ち始めた人たちが増えてきたような気がします。
神様への願い事は 「何事も起こらないでほしい」とか「家族がいつも元気でいてほしい」の
ように 「成長よりも 変わりのないこと」を願う人が増えてきました。

2日と3日に行われた 箱根駅伝は 東洋大学が記録ずくめで優勝を飾りましたが
選手を応援するために集まった 沿道の人たちの数は 今年は異常に多かった気がします。
このことも 駅伝という競技が 個人ではなく たすきを繋ぐ みんなの力が結集した
エネルギーを感じたい という人が多かったからなのではないでしょうか。
「ひとりよりみんな」キーワードになりそうです。

 今までの私達は 「あって当たり前」「ないと文句を言う」時代を生きてきたのでは?
と思うときがあります。
  元気で当たり前。
  家族がいて当たり前。
  会社に勤めていて当たり前。
  ご飯が食べられて当たり前。
  電気や水道水があって当たり前・・・・・・。
まだまだ たくさんの当たり前があって それで無いもの 不足なものがあると文句を言う。
私にも 心当たりがあります。(ゴルフができて当たり前など)

しかしこれからは 自分の周りにあること・あるものに感謝ができる時代になっていくような
気がするのです。経済的に成長することを目標にしてきた時代から 心が幸せ感を
味わえる時代へ。
 マヤ暦のことは よくわかりませんが 時代が変わり始めたことは感じます。
人は 都会という 人間の欲望のエネルギーの塊に吸い寄せられいましたが
これからは 自然という大きなエネルギーに魅力を感じる人が 増えるのだと思います。
だって私達は 自然の一部ですから。

 私達の周りにあるものが
        
       無くなって 気がつく人は 普通の人。

       無くなる前に 気がつく人は 賢者。

       無くなる前に 感謝できる人は 幸福な人。
 
  こんな風に感じます。

                                    プロゴルファーの水巻でした。

2011年12月31日
 平成23年12月31日

 平成23年の最後の日になりました。今年 東日本を大災害が襲いました。そして
人間が 開発し推進してきた原子力発電に対し 一般の人たちもが疑問を持つように
なりました。他のものへの関心がなくなってきた日本人に 神様が 「目覚めよ」
と・・・。そう言われているような ショックな災害でした。

 この大変な年に 私達スポーツ選手たちは 自分達にできることを一所懸命することで
災害にあった方々に 「諦めないで頑張ろう」と声援を送ろうとしました。しかし 私達は
被災者の方々の頑張りを見て 逆に力をいただきました。

その代表は 女子サッカーでした。ワールドカップで優勝という快挙を成し遂げました。
予選を勝ち抜き 準決勝で優勝候補筆頭の 開催地でもあるドイツを破り 決勝へ。
そして決勝では アメリカにリードされ 追いつき 延長戦へ。その延長戦も 先に点を
取られ 終了しそうなところで追いつき PK戦になりました。

延長戦でも諦めなかった選手達の口から 「リードされた時 スタンドを見たら 日の丸が
振られているのを見て 日本には 東日本で災害にあった人たちが頑張っている。
自分達は諦めるわけには行かない。頑張らなくては!と思った」という声が聞かれました。
ワールドカップで優勝できたのは 困難にあい それに立ち向かう日本人の力が
選手にエネルギーを与えて 勝ち取ったものだと思います。

 今年の大災害は スポーツ選手だけではなく 日本人の意識を変えたような気もします。
ひとりで頑張ろうとしていた女性達は そばに誰かがいてほしいと感じたり 離れて暮す
家族と時間を持とうとしたり 明らかに 3月以前とは変わりました。
そして テレビや新聞も 以前に比べて『絆』とか 『日本人』とか 『歴史』とかに関連した
話題が増えたような気がします。何十年か先に 平成23年という年は 「あの年から
日本は元に戻り始めたね」と言われる年になるような気がします。

 私も 3月11日以降 流されて生きていた自分から 少しずつ意識が変わり
世界の中の日本を考えたり 日本とアメリカの関係を考えたり 日本人のルーツを
考えたり 人間の生き方を考えるようになりました。大災害から9ヶ月。今感じられることは
日本という国には ありがたいことが多く 感謝することでいっぱいだということです。
『日本人に生まれてよかった』と心から思っています。

 最後に 最近とても印象に残った言葉を書きます。
フィギュアスケートの浅田真央ちゃんのお母さんの言葉です。今月 若くして亡くなられた
お母さんが 真央ちゃんに残した言葉です。

   「金メダルよりも 女性として幸せになってほしい」 

母親として 一人の人間としての 子ども(子孫)への願いだと思います。
この言葉は 真央ちゃんだけではなく 神様が お母さんの口を借りて すべての人への
メッセージでは?と私は感じました。成功をするよりも 一番になる(金メダル)よりも
男として おんなとして 幸せになることが 人間にとって とても大切なんだよ・・・と。

成功して得たお金というものや 自分の欲望を大事にしすぎる 今の時代の私達への
語りかけのように感じます。

  《皆様へ》

 今年も 好き勝手に書かせていただいたものを お読みくださってありがとうございました。
 心配事が多い世の中です。
 「できないこと」「無いこと」を数えるよりも 
 自分の周りに「あるもの」「できること」を数えて 毎日を 一日一日を過ごしてください。
 そして皆さんに 幸せだ!楽しい!嬉しい!ありがたい!と思える時間が 少しでも
 増えることを祈っています。


2011年12月29日
 ありがとうございました

 12月28日 大先輩の杉原輝雄さんが 亡くなりました。残念です。
昨年まで 70歳を過ぎても 現役にこだわり トーナメントでプレーを見せてくれました。

私が生まれる前の年に プロゴルファーになり 50年間ファンを楽しませてくれました。
小さな体で 大きなジャンボさんや青木さんたちと戦い 数多くの優勝をしました。
私が一緒にプレーをさせて頂いたのは 杉原さんが荒々しくプレーをしていた時代ではなく
50歳に近づいた頃からです。

ウエアの契約でお世話になっているデサントさんが 一緒ということもあり 杉原さんと
お話させていただく機会も多く たくさんの事を教えて頂きました。自分にも厳しく
丁寧な説明はしませんが 人にはとても優しい方でした。

勝つために練習を積み重ね 強いものに立ち向かっていった杉原さん。私達より若い世代 
の選手には 親が傍にいたり コーチやマネージャーが傍にいて 杉原さんみたいに 
一人で戦おうという人はいません。だから魅力的な人が少ないのかもしれません。

 1994年のブリヂストン・オープン。今でも覚えています。最終日 私は杉原さんと
マーク・カルカベキア選手(全英チャンピオン)とプレーをしました。マークがスタート
する前に ニコニコしているので 「どうしたの?」と聞くと 彼は「今日は スギハラと
プレーするから 本当に楽しみなんだ」と言うのです。後でわかったのですが
アメリカでは 杉原さんはプロゴルファーの間では メチャクチャ有名だったのです。
杉原さんのスイングを真似できる人もたくさんいるくらいです。

どうしてかというと 体が小さく スイングが特徴的で 決して若くないのに 50歳を
過ぎても まだレギュラーで活躍できるくらい実力もある。世界中でこんな選手は
めったにいない。そんな選手と一緒にプレーができるからだというのです。

そして プレーが始まりました。途中でも すばらしいアプローチを連発していましたが
7番ホール 470ヤードを越えるやや上りのミドルホール。杉原さんの飛距離では
セカンドではグリーンに届かず 30ヤード少しの第3打目。そこから杉原さんは涼しい顔で
手で運ぶように 入りそうに寄せる。マークは 私の顔を見て「凄い」という表情で
ニコニコしていました。そして ホールアウトした時 尊敬の念を込めて 杉原さんと
握手をしていました。偉大な先輩です。

 そんな杉原さんから 私はすばらしい事を教わりました。口で教わったのではなく
杉原さんの行動・練習法・発言などから教わりました。

     ゴルフとは 一人で戦うものだと。そして

     ゴルフとは ボールを自分が止めたいところに 止めるゲームだという事です。 

このことは私のゴルフ人生の 基本になっています。
世界のいろいろなゴルファーを見てきましたが 世界で一番パターの上手なプレーヤーは
杉原さんだと 私は思っています。調子のいいときは グリーン上の止めたいところへ
必ず止めていました。つまりカップの上にいつでも止められる腕があったのです。
凄い。

 今の私達は 飛距離にこだわり スイングにこだわり アプローチやパッティングの形に
こだわり メンタルを鍛えることを重視し トレーニングをする。頭で考えたことを一つ一つ
こなすだけで いいスコアでプレーすることを忘れている気がします。
ゴルフって どんな形でも いいスコアでプレーすることが大切なのに。

 杉原さんには まだまだ 教えて頂きたい事がたくさんありました。日本の宝が
また一人 亡くなってしまいました。
            本当に残念です・・・。
            寂しいです・・・。
            本当にありがとうございました。
            大変お世話になりました。
            お疲れさまでした。 

2011年12月28日
 正直者が馬鹿を見ない国になってほしい

 寒い日が続きます。こんな時は 暖かい汁物のラーメンやうどんなどを食べたくなります。
昨日 おいしいラーメンを食べました。京都・左京区の一乗寺にある「伊佐夫」さんです。

 実は私 今年の4月から KBS京都で金曜日夜の9時25分から 生で放送されている
「京viz」という 経済情報番組に コメンテーターとして 月に一回出演させていただいて
います。この番組の中で紹介されたお店が「伊佐夫」さんでした。

日本全国にはたくさんのラーメン屋さんがあり 私も食べますが 美味しいといわれるものは
背脂など 脂の甘さと 旨み調味料に頼ったものが多い気がします。若い子ども達には
良いと思いますが 50を過ぎた私には 最近 ラーメンは 美味しいものではなくなりつつ
ありました。 

それでも食べることが 大好きな私と久美は 気になるとトライをしてきました。
ほとんど残念なものが多かったのですが 「伊佐夫」さんは違いました。
美味しかった。食べた後 店をひとりで仕切っている 井上さんと話をしました。
昨年の10月から始めたのだそうですが 採算を度外視し 美味しいものを作り続けていたら
商売になっていないことに気がついたそうです。おもしろい。
うちの旅館と似ています。

素材にこだわり 出汁にこだわり 麺にこだわり 出来上がりにこだわる。
出来上がったラーメンのスープを小皿にとり 味を確かめる。こんなラーメン屋さん
見たことがありません。

ここのラーメンは 塩ラーメンにこだわっていますが 他のものも美味しいです。
久美が食べた 鯛ラーメンは とてもあっさり。途中で大根おろしと 山わさびを入れて
食べると また一段とおいしい。久々のヒットです。昼に行ったのですが 夜限定の
メニューもあるそうです。完全に常連になってしまいそうです。

こんなに真面目にやっているお店は 絶対になくならないでほしいです。
電車では行きづらい場所にありますが 近くに行かれた時には 是非寄ってみてください。

 最近お金儲けが先にきて 納得いくものを作ることに こだわる人が少なくなってきました。
生活があるからといって 誤魔化す人が増えてきました。
幸せに生きるということは お金に余裕があることではなく こだわり 諦めないで
そして 自分が幸せになろうとすることではなく 周りのみんなと幸せに生きていくことでは
ないかと 最近私は感じています。日本人とは そういうものだったのではないかと。

 真面目にラーメンを作っている「伊佐夫」さん みんなで応援してください。
できれば うちの旅館も(笑)

2011年12月27日
 生きるという繰り返し

 今日も亀岡の家の屋根の上には薄っすらと雪が。この亀岡は 日本海側と太平洋側の
天気の境目。昨日の昼間は 南の空は青空。北の空は真っ黒な雲。その北の方からの
強い風に乗って 雪がこの町に舞っていました。風が弱まると 青空。あらためて自然を
感じさせてくれます。

 この季節になると ゴルフをする機会がぐっと減ってきます。それでも 我が鳴尾ゴルフ
倶楽部の社員(メンバー)さんは 寒さにも負けずに ゴルフを楽しんでいます。この寒い中
半袖に厚手のベストという人もいます。(見ている方が寒くなりますが)朝は霜が降りていても
山の南斜面にある鳴尾は お昼前後は暖かくなります。それにしても 鳴尾の社員さんは
ゴルフが大好きです。大好きなものがある人たちは とても幸せな人生を送っています。

 昨日 以前に録画していた番組を見ました。「クニコおばばと不思議な森」という番組です。
87歳のおばあちゃんが 山で焼畑農法をしながら人生を送っています。森での暮らし方は
小さい頃 周りの大人たちから教わり 山の中の400種くらいの植物を見分け 食べたり 
薬草にするのだそうです。

4年前にご主人を亡くされましたが 嫁いで63年目。焼き畑農業をしながら 山で暮らして
います。山からのめぐみで暮らし 「火と水と塩さえあれば 世渡りできる(生きていける)」と
言っています。空の動きや鳥の鳴き声を聞いて 明日の天気を予測します。

この焼き畑農法では 山の一部を30年周期で焼きます。大きな木は 前の年に切っておき
枯れ葉や小枝を集め 男の人の手を借り 焼きます。そして焼き終わると 焼け残った
灰は 窒素・リン酸・カリになり 土地の肥料になります。そして雨が降る。
土の中にもぐっていた小さな虫たちが 土を食べ 糞をして 一段と栄養のある土地に耕して
くれます。

その焼き終わった土地に そばの種をまきます。蕎麦は 植物の中で一番早く収穫できる
植物だそうです。8月に焼いた畑で 10月には収穫できるのだそうです。私達の祖先が
時間をかけて 作り上げてきた知恵です。そして 火入れしてから2年目は ひえを
つくり 3年目は小豆。4年目には大豆。そして5年目からは 自然に返し 森になって
いくのだそうです。30年後に また 土地をエネルギーのあるものにするために
山の畑に火を入れる・・・。繰り返し 繰り返し 続けられて行く。

この焼き畑農法は 4000年以上前の縄文時代から 日本中で行われていたそうです。
日本人が作り上げた知恵。日本人が 他の国にも教えに行っていた この知恵。
縄文時代から続いたこの知恵。なぜか 昭和20年代に ほとんどのところで
行われなくなったそうです。

山の神・火の神・土地の神を大切に 土地と人が寄り添って生きてきた日本人。明治維新で
外国人に憧れ始め 昭和20年を境に 何かがはっきりと変えられてしまったのかも
しれません。

 12月26日 月曜日。銀行のキャッシュディシュペンサーの前には長蛇の列。
お金というものに振り回され 私達のお財布には みんなOO銀行と書かれているかの
ように 銀行を窓口として暮らしています。今年 日本に起きた想定外のことのように
ひょっとしたら 銀行だってわからない時代です。そうしたら 預けてあったものは
すべて無くなる。絶対ありえないとは 誰も言い切れません。

 山で暮らす おばあちゃんの生き方を見せてもらい 地球の一部である 人間として
考えさせられることが多かったです。

最後に おばあちゃんがこんなことを言っていました。

「自分勝手にしていたら 焼き畑なんてできない。昔の人の言うことを守らないと
自然の焼き畑はできない。だから私は いつも 太陽・お月様・ご先祖様・
山の神様に感謝している。」と。

人間としての生き方や 地球の中での人間の存在を 改めて考えさせられます。
私達は 自分の欲望を満たそうとしすぎているのかも とも感じました。

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