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昨日から 映画 『続・三丁目の夕日』が 始まりました。1958年 昭和33年 東京 下町 生まれの私にとって 懐かしくもあり 嬉しくもあり 前作同様 非常に楽しみであります。前作が1958年で 東京タワーが 出来上がっていく中での下町の様子を。そして今回は 次の年の1959年が舞台だそうです。1950年代後半から 60年代 70年代と 日本がどんどん 経済的に成長して行き 生活が豊かになって行く 始まりの時代ですね。私達よりも年齢の上の方たちが 頑張っていた時です。
先日(11月2日) 三宅 裕司さんを座長とするSET(スーパー・エキセントリック・シアター)の公演を見に行ってきました。教育再生シリアスゲーム『昭和クエスト』というものでした。現在の若い人たちが荒れ果てた 学校生活の中 親との関係も上手く行かず 大きな目的も持たず たいしてほしい物もなく 経済的に何の心配もせず 楽しいことといえば 個人個人で ゲームをしている。そんな若者達に 体験型ゲームで1960年代に行き 経済的に貧しい時代の中で みんなで頑張っていくことを覚えていく・・・・・・・・。詳しくは 是非 観に言っていただきたい。
ストーリーは とても教育的なものなのですが この中での 三宅裕司さんと小倉久寛さんとのからみが絶妙で お腹をを抱えて笑いっぱなしでした。このお二人を見ていると なぜだか 安心して笑っていられます。阿吽の呼吸というか なんというか 観ているものを ホッとさせてくれます。
話は戻リますが 何故いま 昭和の時代 1960年代を懐かしむように 映画や舞台が関心をもたれているのでしょうか。前回も書きましたが 現在は 心を満たしてくれるものが少なく 精神的に貧しくなってしまっているのでしょうか。付き合いが面倒くさいといい 隣に誰が住んでいるのかも分からない現在より 貧しくても お醤油を切らしたときに隣へ借りに行く時代のほうが 幸せを感じれたのでしょうか。それを懐かしむように 『三丁目・・・』が大ヒットしたり 三宅さんたちが 昭和の時代を取り上げたりしているのでしょうか。
昭和のはじめ 日本は不幸な事に出会い 何もなくなってしまい 経済的に豊かになることを 最優先にしてきたことは しょうがなかったにしても 心を満たしてくれるものは 物だけでは足りないことに 私達は気がつき始めたのかもしれません。私も アメリカが凄いと思い アメリカの試合にトライをし 10年以上もアメリカに住みましたが 大きな家も 家のプールも タイガーたちと練習をすることも・・・ 私の心を満たしてくれたものはなく 日本に帰ってきて 自分の周りにいる人たちの笑顔をみたり 三宅さんと小倉さんの掛け合いを見せていただいたり 日本の漬物を食べておいしいと思えることのほうが 数段 私の心を満たしてくれています。(年なのかも?)
追伸 前回の日本シリーズのことです。一部の新聞によると 完全試合目前の山井投手の交代劇は 5回前後に彼の指の豆がつぶれ 出血しながら8回まで 頑張っていたらしいのです。それで チームに迷惑をかけないためにも 自分から交代を監督に申し出たらしい。(新聞報道なので 推測ですが)
選手からの決断でも 監督からでも どちらでもいいことで やっぱり投げきるところを観たかった。一観客として。そして私が 山井君の立場なり 監督の立場でも 投げたかった。投げさせたった。
私達 プロスポーツ選手は たくさんのお金をいただき 見に来てくださる皆さんに喜んでいただき 楽しんでいただくことが 役目だからではないでしょうか。(たとえ9回を投げて 指や肩が つぶれたとしても)そして子供達の 手本になれるように。勝ち負けは 大切です。勝負ですから。しかしそれ以上 大事なものを 私達 大人は 次の世代のために 子供達に見せていかなければと。わたしも まだまだですが がんばります。
それともう一つ 今日『続・三丁目の夕日』 見に行ってきま--す。
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