水巻ブログ
2007年11月21日
 地球はせまい

 今シーズンは 日本の30代の選手達が 毎試合優勝争いを繰り広げてきましたが ここ3試合は F.ミノザ選手 B.ジョーンズ選手 I.ポーター選手と 外国人選手たちが優勝しています。特に太平洋マスターズとダンロップ・フェニックスの2試合での上位選手をみてみると 海外で活躍している選手が目立っています。太平洋マスターズで優勝をしたジョーンズ選手 A・スコット選手 G・オグルビー選手 そしてダンロップ・フェニックスで優勝した ポーター選手 L・ドナルド選手などです。 日本選手の中でも 谷口君 片山君 丸山茂樹君 丸山大輔君と 海外のツアーで戦っている選手や 海外に目を向けている選手達です。
 見ている方々は 海外の選手と 日本だけで戦っている選手との間には 実力の差が大きくあるのではないかと思われるでしょうが 技術の差は それほどありません。では 何が違うのでしょうか・・・。それは 意識の差なのです。
 意識とは 『どうしたいか』『どうなりたいのか』ということです。日本でプロゴルファーを目指し 海外に出て行こうとすると 日本で結果を出してから みたいなところがあり 時間が掛かるのですが アメリカや ヨーロッパの若い選手達は 自国のツアーテストに失敗した場合には アメリカで失敗したら ヨーロッパへ ヨーロッパがだめなら アジアへ そこでだめなら 南アフリカへと 自分が 出れるところを探し上手くなりたい お金を稼ぎたいと 世界中 どこへでも行こうとします。ですから アメリカの選手が すぐアメリカで活躍できなくても 他の国で 力をつけて 自国へ戻ってくる。これは個人の問題のような気もしますが それ以上に 日ごろの生活環境のちがいも 影響しています。日本人は 海外へ出て行くのは 結構おおごとで 海外旅行も団体で行きます。しかし 日本人以外の国の人たちは 大陸続きなので どこへでも行きますし どこからでも来ます。特に アメリカの人たちは 日本人が電車に乗るように 飛行機に乗っていることも 影響しています。他の国へ行く意識が違うのです。
 私も アメリカへ 初めて試合に出て行ったときは 「さあ いくぞ」 見たいな感じでしたが 実際 何度か行ってみると ただパスポートをもって 飛行機に乗れば 外国に着いている というものです。
 日本しか知らない時は 地球という意識はなかったのですが 今は 『地球はそれほど 大きくない』と感じています。 どんなところへも 2日か3日で行けるのですから。
どこへでも行けば 誰でも 意識レベルは上がっていきます。もちろん タイガーとか 何人かの スーパースターはいますが 他の選手は それほど大したことないことも いろいろな事が わかってきます。
そして われわれ 日本人が すばらしい国民であることも!

追伸 風邪を引いてしまいました。もう直りそうですが みなさんもうがいは忘れずに
    お茶でするといいそうです。

2007年11月10日
 来年への戦い

 太平洋マスターズは2日目を終え 現在賞金ランキング1位の 谷口 徹君が 初日・2日目とベストスコアをマークし トーナメントリーダーに立っています。招待選手のアダム・スコット選手や 今年アメリカでプレーしていた丸山 大輔君 シニアで大活躍している室田 淳さんも 上位で2日目を終えています。注目の石川君も 予選を通過し決勝ラウンドが楽しみです。
 レギュラーツアーが終盤を迎えている一方で 来年の出場を目指している選手の間では 来年のレギュラーツアーの出場権をかけた予選会(Qスクール)が行われています。この予選会は 一次予選から 最終予選まで 4回行われ 最終予選で上位40人前後の選手が 出場権を得ることが出来ます。先週今週と 6会場で サードクォリファイング(3次予選)が終了しました。4回ある予選会のうち この3次予選が 一番の難関です。1次・2次予選は 選手の実力がはっきりしているので結果は ある程度実力どおりになります.最終予選は6日間ということで これもだいたい 実力どおり。しかし 3次予選は出場している100人前後の選手の 実力の差が少なく 全く気の抜けない4日間が続きます。上位に入らなけらばならないというものではなく 30位以内に入ればいいというプレースタイルになりやすく攻めるより 守りやすくなるので 初日に65・・・のような いいスコアが出れば楽になりますが 30位前後で初日を終えると あとの3日間は 胃が痛くなるようなプレーが3日間続きます。ですから レギュラーツアーで何回も優勝している選手でも この3次予選で失敗することがあるのです。今回も 湯原 信光さんや 芹沢 信雄くん 東 聡くんなど 実力者が涙を飲む結果になりました。
 しかし 今年の予選会には 石川くんの影響で「僕達にもできる」と 大学生や高校生が チャレンジしてくれて ここにも新しい時代を感じさせてくれています。
 私は 今年のチャレンジツアーの成績が良かったので 3次予選は免除。最終予選から 来年の出場を目指します。来年は レギュラー・シニアと 頑張ります。 

2007年11月09日
 富士の裾野で

 今年のゴルフトーナメントも あと4試合になりました。今シーズンのアメリカやヨーロッパのトーナメントは終了したため 海外からの参加選手も増え 大いに盛り上がりを見せています。今週は 富士山の裾野の太平洋G.C.御殿場コースで 三井住友VISA太平洋マスターズが行われています。高校生の石川君も参加してくれています。このコースは 2001年に日本で行われたワールドカップの時 タイガーが18番ホールのグリーンサイドからチップインしたことでも有名です。グリーンの速さは『日本で一番速い』と 選手の間では認知されています。私も1980年代後半から この試合には出場していましたが 始めの頃は 速すぎて強く打つのが怖いくらいでした。しかし 90年代初めに 以前の土の割合が多いグリーンから 砂の多いグリーン(サンドグリーンといわれているもの)に改造され すこしグリーの状態が変わり 以前ほどではなくなったような気がします。一時サンドグリーンがいいといわれ どこのコースでも改造が行われました。雨の多い日本では 水はけがいい固いグリーンを作りやすいなどの利点はありますが 選手の立場から言わせていただくと 砂が多いことで スピンがかかりづらい(アメリカなどではグリーンに落ちたボールがバックスピンで もどることがよくみられますが) 雨の日の午後からは グリーンの状態がひどくなるなど 決していいものとは 思えませんでした。このサンドグリーンを採用したのは 世界のゴルフコースの中では 日本だけでした。もちろん グリーンを整備していく上で 砂はいれますが もっと割合が少ないのです。今現在は 随分 世界標準に近づいてきていますが。
 1980年代後半の 太平洋G.C.のグリーンは 私の周りにいた外国人プレーヤー(オメーラたち)に言わせると アメリカのマスターズトーナメントより-はやい-という評価でした。
 トーナメントの話に戻りますが この太平洋マスターズは 私にとってとても思い出深い試合です。1993年 2位になったのですが 最終日は 最終組で ジャンボ尾崎さんと グレッグ・ノーマンとプレーしノーマンに最終ホールでイーグルを取られ 逆転負けをした試合でした。イーグルを取られたあと 私のバーディーパットが残っていて それを決めると プレーオフに進めたのですが 2メートルのパットは右端をかすめ 敗れてしまいました。そのパッティングをする時 アドレスに入ったあとの 18番グリーンを取り囲む 大勢のギャラリーの人たちの 息をもしてはいけないような静けさ 緊張感。 そして外れたあとの 皆さんのため息。今でも 脳裏に焼きついています。大勢のギャラリーのなかで戦えることの 喜びを 強く感じた一瞬でした。
 現在 プロゴルフ界では 『大口たたき』というと 谷口 徹くんを 指すらしいのですが 私は 彼よりもモット凄いものでした。なにせ その当時(1993年)世界ナンバー1だった ノーマンに対して 太平洋マスターズの試合でのプレスインタビューで 3日目のプレー終了後には 『ノーマンも同じ人間なんだから』とか 最終日 負けたあとにも 『それほど 凄くなかった』とかと 本心で答えていたのでしたから。しかし アメリカに行くことができたのも この時に ノーマンとプレーして 世界のレベルなるものを 感じ取れたお陰だったのだと思います。 このときの試合が 私のゴルフ人生の ターニングポイントだったのかもしれません。

 追伸 【続・三丁目の夕日】見に行ってきました。 よかった。泣けた。うれしかった。
    ・・・お金より 大切なもの・・・ だ そうです。 

2007年11月04日
 昭和にあったもの

 昨日から 映画 『続・三丁目の夕日』が 始まりました。1958年 昭和33年 東京 下町 生まれの私にとって 懐かしくもあり 嬉しくもあり 前作同様 非常に楽しみであります。前作が1958年で 東京タワーが 出来上がっていく中での下町の様子を。そして今回は 次の年の1959年が舞台だそうです。1950年代後半から 60年代 70年代と 日本がどんどん 経済的に成長して行き 生活が豊かになって行く 始まりの時代ですね。私達よりも年齢の上の方たちが 頑張っていた時です。
 先日(11月2日) 三宅 裕司さんを座長とするSET(スーパー・エキセントリック・シアター)の公演を見に行ってきました。教育再生シリアスゲーム『昭和クエスト』というものでした。現在の若い人たちが荒れ果てた 学校生活の中 親との関係も上手く行かず 大きな目的も持たず たいしてほしい物もなく 経済的に何の心配もせず 楽しいことといえば 個人個人で ゲームをしている。そんな若者達に 体験型ゲームで1960年代に行き 経済的に貧しい時代の中で みんなで頑張っていくことを覚えていく・・・・・・・・。詳しくは 是非 観に言っていただきたい。
 ストーリーは とても教育的なものなのですが この中での 三宅裕司さんと小倉久寛さんとのからみが絶妙で お腹をを抱えて笑いっぱなしでした。このお二人を見ていると なぜだか 安心して笑っていられます。阿吽の呼吸というか なんというか 観ているものを ホッとさせてくれます。
 話は戻リますが 何故いま 昭和の時代 1960年代を懐かしむように 映画や舞台が関心をもたれているのでしょうか。前回も書きましたが 現在は 心を満たしてくれるものが少なく 精神的に貧しくなってしまっているのでしょうか。付き合いが面倒くさいといい 隣に誰が住んでいるのかも分からない現在より 貧しくても お醤油を切らしたときに隣へ借りに行く時代のほうが 幸せを感じれたのでしょうか。それを懐かしむように 『三丁目・・・』が大ヒットしたり 三宅さんたちが 昭和の時代を取り上げたりしているのでしょうか。
 昭和のはじめ 日本は不幸な事に出会い 何もなくなってしまい 経済的に豊かになることを 最優先にしてきたことは しょうがなかったにしても 心を満たしてくれるものは 物だけでは足りないことに 私達は気がつき始めたのかもしれません。私も アメリカが凄いと思い アメリカの試合にトライをし 10年以上もアメリカに住みましたが 大きな家も 家のプールも タイガーたちと練習をすることも・・・ 私の心を満たしてくれたものはなく 日本に帰ってきて 自分の周りにいる人たちの笑顔をみたり 三宅さんと小倉さんの掛け合いを見せていただいたり 日本の漬物を食べておいしいと思えることのほうが 数段 私の心を満たしてくれています。(年なのかも?)

 追伸  前回の日本シリーズのことです。一部の新聞によると 完全試合目前の山井投手の交代劇は 5回前後に彼の指の豆がつぶれ 出血しながら8回まで 頑張っていたらしいのです。それで チームに迷惑をかけないためにも 自分から交代を監督に申し出たらしい。(新聞報道なので 推測ですが)
選手からの決断でも 監督からでも どちらでもいいことで やっぱり投げきるところを観たかった。一観客として。そして私が 山井君の立場なり 監督の立場でも 投げたかった。投げさせたった。
私達 プロスポーツ選手は たくさんのお金をいただき 見に来てくださる皆さんに喜んでいただき 楽しんでいただくことが 役目だからではないでしょうか。(たとえ9回を投げて 指や肩が つぶれたとしても)そして子供達の 手本になれるように。勝ち負けは 大切です。勝負ですから。しかしそれ以上 大事なものを 私達 大人は 次の世代のために 子供達に見せていかなければと。わたしも まだまだですが がんばります。
 それともう一つ 今日『続・三丁目の夕日』 見に行ってきま--す。 

2007年11月02日
 心を満たすものは?

 涙が じわーっと出てきました。それは テレビを見ていた時のことです。画面からは 中日ドラゴンズの中村紀洋選手が 日本シリーズの最優秀選手を受賞し 満員の球場でインタビューを受け 男泣きしている姿が流れていました。 自分の意志を貫こうとして 今までいた球団を辞めることになり あわや野球をやめなければいけないところまでいった人間が 2007年の初めに 中日に練習生(支配下登録外選手)として入り 認められ2軍にあがり そして 1軍にあがり レギュラーのポジションを取り この日本シリーズでの活躍。同じスポーツ選手として ただただ 拍手・拍手 です。
 そして今日 テレビを見ていて あらためて 私達プロスポーツ選手は ファンのみなさんの応援で 頑張れていることを わからされたという思いです。名古屋を中心に ドラゴンズファンが 夜遅くまで大騒ぎをしている姿を見ることができたり アメリカでは ボストン・レッドソックスが ワールドシリーズに優勝し 次の日の優勝パレードの大歓声を聞かされたりと ファンのみなさんが 自分のことのように喜んで下さる。本当にありがたいことです。
 そんな中で考えさせらることがありました。それは 中日が 日本シリーズの優勝を決めた第5戦に起こったのです。。8回までパーフェクトピッチング(一人もランナーを出さないこと)を続けていた 山井投手を 1点差とはいえ 落合監督は チーム一信頼の置ける岩瀬投手に 9回を任せる決断をしました。と同時に 日本球界初の 日本シリーズでの完全試合の記録はなくなりました。 落合監督は 勝つこと日本シリーズの優勝にこだわったのです。監督としては当然のことです。しかし 野球ファンは 山井投手のパーフェクト・ピッチングを見たかったのも事実だと思います。特に中日ファンは 山井投手の続投も見たいし 岩瀬投手で優勝を決めるところも見たいし 複雑だったと思います。私も野球ファンの一人として 53年ぶりの中日の優勝も見たかったのですが 1年の最後の 日本一が決まる試合で 一人のピッチャーが パーフェクト・ピッチングを続け 緊張のボルテージがあがっていく中での最終回に なにが起こるのかを見たかった。こう考えてくると 私達は スポーツをどう見たいのでしょうか。勝ち負けを見たいのか それとも たとえ負けたとしても 感動させてもらいたいのか。監督としては勝ち負けを考えさせられているわけですから 負けるわけにはいかず 負ければ監督を辞めさせられることもあるので勝ちにこだわらなけらばならないのは当たり前のことですが・・・。 
しかし世の中 成功したとか 勝ったとか お金を儲けたとかが とても大事になっている中で 何が私達のこころ『魂』を満たしてくれるのか と考えさせられます。 
やっぱり 私の魂は 山井君の 9回のピッチングを見たかった。いままで 達成されたことのないことが目の前で起こってほしかった。しかし これからの選手には この記録を達成するチャンスが残ったのだから よかったのかも。
だけど 私は 見たかった。観たかった。みたかった・・・・・・・・・・・・・。   

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