水巻ブログ
2011年10月31日
 魅力ある男

 広島県・広島カンツリー・クラブ八本松コースの周りは 紅葉が始まり 真っ赤に染まった
葉の色が 秋の深まりを感じさせてくれています。2011年 日本シニアオープンゴルフ
選手権が終わりました。やはりシニアは面白い。

 私の成績は 4位。楽しい一週間でした。三日目に もう少し踏ん張れれば優勝争いに
最後まで加われましたが 残念でした。

優勝は 室田さん。2005年にシニア入りして 毎年このシニアオープンでは 優勝争いを
してきましたが 2位が4回。4位と6位が一回ずつ。毎年 優勝候補として名前が挙がって
いましたが優勝できませんでした。しかし 今年は初日から首位を走り 逃げ切りました。

それでも 最後の17番・18番ホールは テレビの画面からも いつもの室田さんではなく
緊張していることが分かりました。17番のセカンドショットは 右へ大きなスライス。ボギー。
18番のティーショット。グラブフェースの上に当たり テンプラ。セカンドショットを
どうにかグリーンサイドへ。2位との差は2打で 最終ホールをボギーで上がれば
優勝。しかしグリーンサイドからのアプローチで 信じられないことが。

アプローチショットは シャンク。(クラブのシャフトの近くに当たり ボールが右に飛ぶ)
7年間の優勝への想いが いつもの動きをさせてくれません。見ている人たちには
何が起こったのか わからなくなるような時間でした。室田さんのボールは また
グリーンエッジのラフ。ギャラリーの「いやな予感」をよそに 室田さんのアプローチ
ショットはピン手前 1m20cmへ。そして それを入れ 7年間の優勝できない呪縛から
解き放たれました。良かった。

長い間の経験は いいことも悪いこともあります。ゴルファーにとって たくさんの経験は
いいことよりも 悪いことをたくさん覚えています。今回の室田さんにも 「勝てない」という
経験が いつもの優勝争いのプレッシャー以上の緊張になっていました。しかし
それに打ち克ち 見事に優勝したのです。

レギュラーで戦っている子ども達は頑張っています。力もあるし 最近は若い時から
技術もしっかりしています。しかし魅力がない。私達の若い頃も 同じだったのだと
思いますが たくさんの経験を積み 時を積み重ね 人間として魅力的になって
いくのだと思いました。今回の室田さんの優勝は それを感じさせてくれました。
20年以上前から室田さんと一緒にプレーをしてきましたが 今が一番 かっこいいです。

人間は 年を重ねるごとに 魅力的になるものなのだと 改めて感じさせてくれました。
若い時は 誰でもが かっこよく きれいなものです。30歳・40歳・50歳・60歳・・・と
なって 魅力的になっていくのでしょうね。男もおんなも。


 《報告》

肥前屋・翠泉の ホームページに 「翠泉歳時記」を うちのやつが 時々 書いています。
是非 見てください。 

2011年10月24日
 笑顔

 半袖姿で町を歩く人は 本当に少なくなりました。もうすぐ10月も終わります。冬の足音が
近づいてきました。街の中の木々も色を変え 冬の準備のために葉を落とそうとしています。
今日は 博多駅前のホテルにいますが ビルの谷間の道路を 色々な方向へと向かう車が
忙しそうに走っています。

 先週のゴルフのトーナメント。谷口君が谷口君らしいプレーを見せてくれ優勝しました。
強気なコメント。積極的なプレー。プロのゴルフを見せてくれました。女子のほうも
大山さんが3年ぶりの優勝。以前 賞金女王になり アメリカツアーに挑戦。それから
怪我で思うようなプレーが出来ず 結果が出ていませんでしたが 戻ってきました。

そしてもう一人。ランナーの野口みずきさん。彼女はアテネオリンピックの女子マラソンで
金メダルを獲得。北京オリンピックも期待をされましたが 怪我で思うような走りが
できませんでした。しかし 昨日行われた実業団女子駅伝・西日本大会で 素晴らしい
走りを見せてくれました。そして ロンドンオリンピックの出場権をかけた 来年1月に
行われる 大阪国際マラソンに出ることも 発表していました。

谷口君43歳。大山さん34歳。野口さん33歳。どのスポーツ界でも20代前後の選手の
話題が多い中 年齢的にピークを越えそうな時期に 結果を出してくれたことは
素晴らしいことでした。

この3人に共通することは 三人とも強い思いを持っていることです。「勝ちたい」
「頑張りたい」「諦めない」・・・。若い頃には 何も考えなくても 結果が出ますが
たくさんの経験を積むと 人間は用心深くなっていきます。その中で 彼らは
強い気持ちを持ち続け 結果を出してくれました。そんな彼らの結果が 同じ世代 
同じ環境にある人々に 勇気を与え 伝染していってほしいと願います。

 スポーツ選手の「強い思い」は とても大切なことですが 反面では 心配なことも
あります。「自分の道」 「自分の夢」に 突き進むことは悪いことではないのですが
あまりにも自分のことに気が向きすぎていて 「家族のこと」 「周りにいる人のこと」
「住んでいる町のこと」 「日本という国のこと」 「私達が住んでいる地球という星のこと」
これらのことを 真剣に考える人が少なくなっている気がするのです。

アメリカの変な個人主義が 日本に入ってきて 66年。明治維新の明治改元(1868年
10月23日)からだと 143年。共存共栄という 「みんなで幸せになろう」から
「個人の夢」 「自分の幸せ」を 追いかけてきた日本。
現代の日本人と 200年前の江戸時代の日本人は 人間として どっちが良いのか
両方の時代を生きることができないので 比べようがありませんが 何となく
昔のほうが 町には笑顔が多かったのでは?と想像します。

いろいろな本を読むようになって 地球の権力や お金の流れ 食べ物のことが少し
分かってきた今 世の中の仕組みを変えることは出来ませんが 私にできることは
私の周りのいる人に 「少しでも笑顔が増えるように」と 生きることでしょうか。
そのためにも ゴルフを楽しくプレーし 笑顔でいることが 大切だと思っています。

2011年10月19日
 2011 日本オープン 2

 亀岡の朝は 涼しいを通り越し 寒いという感じになってきました。うちの旅館のもみじも
紅葉が始まっています。根元から一番遠いところが紅くなり 根元に近いところは緑。
その間は 黄緑・黄色・橙色・紫に近い色と 一本のもみじに 絵の具で色をつけるように 
私達を楽しませてくれています。色の変化を 毎日見ることができることは
本当にありがたいです。

 先週は 日本オープンのダイジェスト番組のお手伝いで 東京にいたのですが 夕方の
通勤時間に 東京駅と新橋駅を歩く機会がありました。会社勤めの人たちは 大変です。
夕方の6時前だったのですが ほとんどの人が 会話も無く 駅という場所へ向かって
歩いています。歩いているというより ベルトコンベアに乗って駅に吸い込まれている
ようです。東京駅などの大きな駅では 月曜日から金曜日まで 朝は駅から出てきて
夕方は駅に入っていく。

この事は 大きな企業がある都市では 世界中どこでも見られる光景です。朝 一箇所へ
集まり 夕方また そこから出て行く。同じ方向に向かって 人が流れていきます。
まるでアリの行進のようです。1m60cm 前後の人間の目の高さから 2mm前後のアリを
見ると 行進のように動いて見えます。もし1000mの上空から 通勤時間帯の
東京駅駅を見たら 人間も巣に出入りしているアリのように見えるのかもしれません。

いつから 人間はこのような行動をとるようになってしまったのでしょうか。人はそれを
望んでいるのでしょうか。「そんなことを言ってもしょうがないじゃないか」という声が
聞こえますが 本当にそうなのでしょうか。しょうがないと思い込まされているのでは?
と感じる私がいます。ベルトコンベアに乗っているように見えるのは 歩いている
姿だけではなく 今の私達の人生なのかも? とも。

 2011年の日本オープンゴルフ選手権は終わりました。韓国のべ・サンムン選手が
プレーオフで前々週 優勝の久保谷君を破り 今季3勝目。賞金ランキングでも
独走状態になりそうです。ローアマチュアも 台湾の19歳ホン・チェンヤオ君。
アジアの若い選手達が頑張っています。

頑張ったといえば アジアの若い選手よりも 手嶋君・佐藤信人君・久保谷君と
40歳前後の日本人選手は いいプレーを見せてくれました。特に佐藤君は
素晴らしかった。最近は試合に出られていませんでしたが 最終予選を突破し
本戦(日本オープン)に出場。最終日は思い通りには行かなかったようですが
3位に入り 賞金ランキングのシード選手となったので 来年からは またトーナメントで
佐藤君のプレーを見る事ができそうです。

彼は 2000年前後に大活躍をし ヨーロッパツアーに挑戦。その時にパッティングの
調子を崩してしまい 日本へ帰ってきましたが 思うような結果を残せず シード権を
なくしてしまいました。パッティングの時 手が思うように動かなくなる イップスに
なってしまったのです。イップスは 技術的な問題ではなく精神的な問題です。
若くて 何も考えることができない時期には 起こりづらいものです。
しかし ゴルフが分かり始め 「難しい」と思い始めると 精神が体を思うように
動かさなくなっていきます。苦しいものです。

しかし 考え方によっては イップスになったということは 若い何も考えられない時から
ゴルファーとして 次の段階へ進んだということです。そして佐藤君はそのイップスからも
卒業しました。本人は「まだまだ」と思っているでしょうが 私から見ると
完全に治っています。最終日は 短いパットが大事なところで入りませんでしたが
それは 先週が佐藤君の週では無かったということです。イップスになる前の若い時にも
優勝争いの最終日に入らなかったパットはたくさんありました。それを覚えていないだけで
優勝争いをして 思い通りにパットが入る時は 優勝する時です。
数多くの試合に出て 優勝できるのは 数試合。つまり入らなかった試合のほうが
圧倒的に多いのです。

佐藤君のパッティング。三日目まで素晴らしかった。最終日は入らないパットもありましたが
いいパットもたくさんありました。完全復活と私は見ています。試合後 インタビューされ 
それに答える彼を見ていると 今まで以上に 人間的には ひとまわりも ふたまわりも
大きくなって 帰ってきた感じがありました。また来年から 佐藤君の「鬼はいり(グリーン上 
の どこからでも入る)」のパッティングが見られそうです。

2011年10月14日
 2011 日本オープン 1

 天気が良い日のゴルフのプレーは 半袖で気持ち良いのですが 朝晩は上着を
着ていないと 風邪を引きそうな昨今です。今週は 日本オープンゴルフ選手権です。
日本で一番のゴルフトーナメントです。選手としては一度は優勝をしたい
ナショナルオープンです。

 この日本オープン。以前のように 『ゴルファーの総合力を争い 日本一を決める』から
様子が変わり始めています。ここ数年を見ると 道具の進化で 若い時(15歳くらい)から
アンダーパーでプレーできるようになった為 出場選手の若年化が進んでいます。
加えて アジアの若い選手達が 日本でプレーするようになり 20代前半の選手達が
多く参加しています。ジュニアの試合に プロが参加しているようにも見えます。

若い選手達が増えることによって ゴルフ=人間力の総合力の争いというより 若さ・勢い・
パワーの争いになりつつあります。出場選手の顔ぶれも 1年間戦っているシード選手は
40名前後。実力のある選手にとっては 予選落ちの確率が少ない試合になっています。
良いのか 悪いのか。ただ言える事は 見ている人達にとって 知らない選手が増え
魅力のある選手のプレーが 見られなくなっていることです。

日本オープン。私の大好きな試合です。日本で一番の試合です。魅力のある試合です。
若い選手だけではなく 魅力のある選手の戦いも見たいような気がします。

2011年10月12日
 日本の・・・

 先週の日本プロシニアゴルフ選手権。グリーンのラインが読みきれず バーディーパットが
入らず 優勝争いができませんでした。残念です。今週は日本オープン。最終予選会で9位
だったのですが 今年は 日本オープン出場人数枠が 120人から108人に減らされた為
出場できません。ゴルファーとしては 「日本」というタイトルがつく試合で 一度は優勝
したいので これからも 「日本」にはこだわっていきたいと思います。

 「日本」といえば 昨日の 日本代表のワールドカップサッカー3次予選のタジキスタン戦。
8対0で圧勝しました。守りに徹した タジキスタンゴールの前で オフェンスの練習のように
たくさんのシュートが放たれていました。グランド上の 日本のワンサイドゲームにも
スタンドにいた日本のファンは 90分間 大きな声で声援を送っていました。
日本の国旗を振り 顔に日の丸のペイントをして。

 今 考えさせられる本を読んでいます。
「日本人はなぜ 日本のことを 知らないのか」(竹田恒泰 著)です。
表紙には 「自分の国がいつできたか 答えられますか?」と書いてあります。
「日本」というタイトルにこだわっている私や 日本代表のサッカーを見て 日の丸の国旗を
振っている人たちの中に 何人 答えられる人がいるのでしょうか?
私は はっきりと答えることはできませんでした。それなのに 私は日本人で「日本」の
タイトルにこだわっています。おかしいです。

自分が日本で生まれ その日本がどのように成り立ち どう変わってきたのか。
NHKの大河ドラマで 戦国時代や幕末のことを見たり 大東亜戦争後のことは
少し分かります。縄文時代から弥生時代 そして古墳時代と 学校の社会・歴史の
授業の時に勉強(?)はしましたが 日本が 建国をしたのはいつなのか?という質問には
はっきり答えられません。

日本以外の国では アメリカの7月4日の独立記念日のように 自国ができた日を
国民みんなで祝います。もちろん日本も 建国記念日として 2月11日を祝日と
定めています。しかし 大東亜戦争後の私達日本人は 2月11日は ただの祝日の
ようになってしまっています。

その原因は 学校の授業で しっかりと建国のことを教えないからだそうです。
現在の中学の教科書でも 縄文土器や 稲作の始まり 古墳のことは書いてありますが
日本として国が成り立ったことは はっきりと書かれておらず 中国の史料の魏志倭人伝に
邪馬台国の卑弥呼の記述があることで なんとなく この頃には 日本という形が
あったように教えられます。つまり日本は このようにできたという記述は
教科書には無く 教えてもらっていないのです。

世界でも日本だけです。建国のことをしっかりと教えてくれないのは。私の息子は6歳から
アメリカの学校へ通っていましたが 学校では アメリカ史をしっかりと教えられていました。
子どもの時から 自国のことを考えるので 自分の国を語ることができるのです。
日本以外の人たちは ほとんどの人間が 自分の国に誇りを持ち 自分の国が好きです。
当然ですね。自分が生まれ育った国ですから。

 ところで なぜ2月11日が 建国記念日なのか。
これは『日本書紀』に 紀元前660年元旦に 初代の天皇である神武天皇が 現在の
奈良県・橿原宮で御即位なされた事が記されており それが根拠になっているのだそうです。
以前わが国が用いていた太陰暦を 太陽暦に換算した2月11日を 「建国記念の日」と
しているのだそうです。
つまり 2671年前。今上天皇(125代)から124代前の神武天皇の御即位の時が 日本が
「日の本」として始まった日とされているのです。

面白いですね。約2600年前 文字を持たない人々の間で 口伝えで伝えられてきたことが
西暦720年に完成した「日本書記」の中の 神武天皇の御即位を元に 建国記念日が
制定される。一方 2600年前や それ以前に日本に伝えられてきた「神話」
非科学的なものとして 今やおとぎ話のように受けとめさせられています。
しかし 大東亜戦争以前は しっかりと 日本のことは語られていたようです。
やはり アメリカの占領政策が いまだに続いているのですね。

2月11日 建国記念の日(紀元節)は 私達の国の誕生日です。このことも深く考えずに
ただの祝日として 何も考えようとしなくなった日本人。子どもの頃は
「これ何?」 「どうして?」って いろいろなことに興味を持って 知ろうとしていたのに
いつから 何にも関心を示さず 良い学校へ行きたがり そして卒業し就職。 毎日
満員電車に乗って 携帯電話とにらめっこをし 余計なことを言わず 機械の様な生活をし
何にも疑問を持たずに 日々を過ごすようになってしまったのか。

毎日 楽しくないと思っている方へ。
小さい頃は 楽しかったですよね。だって いつも「これ何?」 「どうして?」って 何にでも
関心があったからですよ。だから何かに関心を持ったり 不思議に思えば
毎日は楽しくなると思いますよ。周りを見回してみてください。不思議なことだらけです。


2011年10月01日
 楽しくなってきたゴルフ

 10月になりました。いつの間にか あの暑い夏はどこかへ行ってしまいました。
亀岡の山は 深い緑に色を変え 落ち着いて見えます。そろそろタンスの中で
休んでいたセーターに活躍してもらう季節です。

 昨日まで レギュラーツアーの来年度の出場権をかけた予選会に行ってきました。
セカンドステージですが(あとサード・ファイナルとある)結果は残念な事でした。
コースは 兵庫県・ゴールデンバレーカントリークラブ。1990年に三菱ギャラン
トーナメントを開催したゴルフ場です。山の谷間を上手に利用して作られた
とてもきれいなゴルフ場です。

コースに池やクリーク〈小川)があり ティーショットに神経を使います。
山の谷間なので ほとんどのホールの左サイドがクリーク。右サイドが山の斜面。
その右サイドの斜面にOBがあります。正確なティーショットが要求されます。

最近 飛ばすことを楽しみにしている私は よく曲がります。四日間のこの予選会でも
OB 3つ。池やクリークに入った回数6回。大変でした。それでも あと3ホールを
残して もう一つバーディーを獲れば予選通過のところまで来ていました。

むかえたロングホール(パー5)のティーショット。フェアウエイ右サイドへナイスショット。
セカンドショット残り238ヤード。エッジまで221ヤード やや下り。5Wを持った私は
イーグルを狙い 力いっぱいスイングしました。ボールはピンの方向へ。しかしそこから
フック。池に入ってしまいました。残念。

 来年 レギュラーの試合には出る事ができなくなりましたが 久しぶりに緊張の中での
プレーでした。楽しかったです。それに改めて ゴルフとは技術を争っているのではなく
意思の強さを争うゲームである事を確認できました。狭いホールで自分のできることを信じ
怖がらずに プレーをする。今回は 弱気な自分や ドキドキする自分が 顔を出して
いました。

  それでも

  ゴルフは面白いです。

 18歳でゴルフを始め 大学卒業後プロを目指し 優勝し アメリカでプレーをし
仕事として続けてきたゴルフ。京都へ来て シニアツアーに出て 鳴尾ゴルフ倶楽部に
お世話になり やっと ゴルフが面白いと感じる事ができるようになって来ました。

  ありがとうございます。

  体が続く限り ゴルフをし続けます。

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