水巻ブログ
2012年01月31日
 理論と感

 先週は お酒を飲む機会があり 三日続けて適量を越えてしまいました。適量を越えても
暴れるわけではなく 少し声が大きくなり よりおしゃべりになるくらいです。しかし50を越えた
体には負担がかかった様で 胃腸の調子を崩してしまいました。「昭和の時代に生まれた」
「大事に育てられた長男」は お腹が弱いです。

 そんな体調だったので 先週はゆっくりテレビを見る時間がありました。WOWOWでライブの
スポーツを見ていたのですが やはりスポーツは生がいいです。中でも 錦織君が活躍して
いたオーストラリアオープンテニスは よかった。決勝戦の ジョコビッチとナダル戦も
面白かったですが 準決勝の ナダルとフェデラーの一戦。最高でした。

中学校の時に軟式テニスをしていた私は 自分でプレーするのも好きですが見る事も大好き
です。アメリカにいた時 ご近所さんで トッド・ウッドブリッジという選手がいたので 一段と
テニスに関心を持った覚えがあります。トッドはダブルスの選手で 現在でもダブルスの
メジャー優勝回数の記録を持っています。彼もゴルフが好きだったので練習を見てあげたり
していました。

私がアメリカにいた頃は 男子のシングルスは アンドレ・アガシとピート・サンプラスが活躍
していました。特にアガシは 攻撃的なプレースタイルと今までのテニスプレーヤーにいない
ファッションセンスで大人気でした。アガシとサンプラスの試合は 楽しく見ていました。

その後登場してきた フェデラーとナダル。この二人の戦いは サンプラスとアガシの戦いに
似ています。サンプラスとフェデラー。彼らのスタイルは オーソドックスで技術力があり 
戦略的で理論的。そして あまり表情を変えない。一方 アガシとナダル。彼らも技術は
ありますが 理論より感性が鋭く 攻撃的で情熱的。つまり 理論と感性の戦いのように
見えるのです。

今回のフェデラーとナダルの戦いも 同じでした。今回の結果は ナダルが勝ちましたが 
理論派と感性派の戦いは 興味深いです。

 この理論(知性)と感性。どちらがいいのか。どちらも大切ですが 今の私達は学校へ行き 
知識や理論を教えられ生きています。どちらかというと 感性よりも知識を大事にしている
ような気がします。ゴルフも 毎週 週刊誌が出て 理論や理屈ばかりを叩き込まれて
います。(だから 上達しない人が多いような・・・)

そして今の時代は 勉強ができ 理論的な人が優秀な人間で 感性が鋭い人を 動物的だ
と言って どちらかというと遅れている人みたいに見ることもあります。「感」よりも「理論」
を上位に見る時代です。両方ともあることがいいと思いますが 現代人は 理論を大事に
しすぎて 何事もわかると思いがちです。そして何事でも 起こったことは 説明できると
思っている人もいます。

しかし私は 人間にとっては 知性よりも感性のほうが大切だと思って生きています。
勿論ある程度の知性は必要ですが。例えば 読み・書き・そろばん ぐらいは・・・。
知性は「身につける」と言いますが 感性は「磨く」と言います。つまり人間は 元来 知性は
持っていないが 感性というものは 生まれた時から持っているものなのです。私達の
才能なのです。力なのです。魂なのです。

 サンプラスもアガシもフェデラーもナダルも みんな好きなプレーヤーです。だけど 私達
テニスファンは アガシやナダルに惹かれてしまいます。理屈は無いのです。みんな
感じることだから。

 実は 世の中 みんな感性で生きていることが多いのです。例えば人を好きになる時
好みはあるかもしれませんが 「ピーン」と来ますよね。それから 食べ物だって
好き嫌いは 自分の意思には関係なく 勝手に感じてしまいます。おいしいとか
まずいとか。それを後から 理屈をつけるのです。

 好きな言葉があります。

 「祈りは 私達の語りかけだが ひらめきは 神からの語りかけである。」

 感性は 私達と神さまのつながりです。私は宗教はあまり信じませんが 神様はいると
思っています。

2012年01月26日
 ダルビッシュ・有という日本人

 本格的な冬の到来です。亀岡の朝も 毎日寒く 車のフロントガラスが凍り付いています。
エンジンをかけ 車の中で氷が解けるのを待っていると 体の芯まで冷たくなります。

 一昨日 日本プロ野球界のエース ダルビッシュ・有投手が 大リーグ移籍決定後 
札幌ドームで ファンの前で記者会見を行いました。とてもいいものでした。
プロスポーツ選手とは ファンあってのものと しっかりと理解し みんなの声援を受け
アメリカでの戦いに挑んでいきます。

しかし 彼も最初から ファンあってのプロスポーツとは 考えられてはいなかったのだと
思います。中学時代から スター選手で 高校でもチヤホヤされ 勘違いしていた時代も
あったと思います。(未成年での喫煙など)しかし 札幌の暖かいファンの声援の中
選手として 人間として成長し 日本を代表する投手となりました。
記者会見の中で 何度も ファンへの感謝の気持ちを語った彼は アメリカでも
日本人としてしっかり頑張ってくれると思います。

この「日本人として」ということは とても大切なことです。彼の記者会見の中で 「最近 
日本の野球の評価が 低くみられている気がする」という発言がありました。
彼には 日本人としての自覚があります。

お父さんがイラン人(現在は日本国籍) お母さんが日本人の彼。小さい時から 周りとは
違う自分がいたと感じていたと思います。両親が日本人だと感じることは少ないのですが 
お父さんとお母さんの国籍が違うと 自分は何人なのかと考えてしまうものだと思います。
イラン人なのか。日本人なのか。つまり 自分は何なのか。自分だけではなく 周りからの
目も違ったと思います。周囲からの目が他の日本人と違うことが 先だったかもしれません。
とにかく 彼は国籍ということを 小さい時から意識させられ育ってきたのだと思います。

 私も 1993年まで 自分が日本人であることをはっきりと自覚はしていませんでした。
しかし アメリカに住み どこの人間かと聞かれたり 日本はどんな国なのかと聞かれ
話したり また身分証明書(グリーンカード等)を取るために写真を撮られ 手の指全ての
指紋を採られ アメリカで「自分は外国人」ということを経験しました。その経験を経て 
「自分は日本人」であるということを しっかりと自覚できるようになりました。
今では 日本人は 世界の中で とても優秀な民族であることを理解しています。

国籍だけではありませんが 自分自身が何なのかということを しっかり意識できることは
生きていく上で とても大切なことです。それを しっかり 自分で理解できれば
行動すること 発言することがはっきりとします。ダルビッシュ・有くんの記者会見も
しっかりとしたものでした。

日本人であること。男であること。おんなであること。父親であること。母親であること。
それらを自覚することは 大切なことです。いつまで経っても子どもでは(人様の世話に
ならなければ生きていけない) 日本は 子どもばかりの国になってしまいます。

 世界で戦おうとするダルビッシュくんの発言や 全豪オープンテニスは ベスト8で負けて
しまいましたが がんばっていた錦織君のプレーは 今までの 「海外へ行くんだ」と
力が入っていた先輩達とは違い 昭和20年から押さえつけられてきた 日本の力の
復活の兆しのような気がします。

私達は 何人なのか。どこから来たのか。私達の先祖はどう生きてきたのか。
こんなことを 小さい頃から 勉強することが とても大切なのだと思います。
それが 私達が生きていくうえで 大きな役割を果たすのだと思います。 

あなたは何人ですか?自国のことを どれくらい 他の人に話せますか?

2012年01月23日
 動き出した日本

 今週は寒くなりそうですが 旅館の庭にある梅の木は 着実に春の準備を始めています。
茶色い枝の所々に 蕾をつけています。今年も例年通り 季節は進んでくれそうです。

 オーストラリアで日本男児 頑張っています。錦織君が 日本人で始めて 全豪オープン
テニスで4勝し ベスト8に入りました。小さいときからテニスが上手で 中学生のときに
アメリカ・フロリダ州・ボッカラトンにある IMGアカデミーという スポーツ学校へ行き
午前中は勉強。午後はテニスの練習。世界中のテニスの上手な子が集まった中で
力をつけてプロに転向し ここ1~2年 世界ランクを少しずつ上げ 現在はワールド
ランキング26位。まだまだ 上に行きそうです。

何故 彼は 世界で戦えるのか?それは 中学生からアメリカに行った事で 自分の
意思をはっきりと 相手に伝えられるようになったからです。つまり 英語で自分の意思を
伝える事や 相手が言っている事を理解できるようになったことが大きいのです。
世界で戦うには 言葉が話せることは 絶対に必要です。これはゴルフの世界でも
一緒です。

 ゴルフのメジャー競技の マスターズ・全米オープン・全英オープン・全米プロ。すべて
英語圏です。更に アメリカツアー・ヨーロッパツアー・南アフリカツアー・オーストラリア
ツアー・カナダツアー・アジアツアーなど 主要なゴルフツアーは 日本を除いて すべて
英語です。挨拶ぐらいでは話にならず 日常の会話だけでも駄目で 英語を話す人たちと
楽しく食事をしたり 遊びに行ったり 旅行を出来るくらいではないと対等ではありません。
つまり 通訳をつれて歩いているようでは戦えないのです。

そして もっと大切な事は 彼は 強い選手も同じ人間だと思っている事だと思います。
IMGアカデミーは 今までも 世界の名プレーヤーをたくさん生み出してきました。
もちろん 錦織君の世代で強い選手もたくさんいます。そんな中で育ってきた彼は
テニスが強い選手は テニスは上手ですが 自分と変わらない同じ人間だという事を
体で分かっているのだと思います。大きなことです。

日本にいるときは 堂々としているのに 海外へ出て行くと 小さくなってしまう。
昭和の時代でしたら しょうがないことだと思いますが 日本国内だけでの戦いではなく
世界で戦うことが ファンも関係者も そして自分も 期待をする時代です。そのためには
言葉を覚えること。そして 自分が 日本人であることにプライドを持つこと。
自分にプライドがないと 外国の人たちとは戦えません。(世界中 自分が生まれた国を
嫌いな人は少ない)そして 世界中の競技者は 強い弱いに関わらず みんな
夢を追いかける人間だということを はっきりと理解することです。そうすると 誰でも一人でも
頑張れます。

がんばれ 日本人。


 《新しい時代への変化》

    ・相撲界一番の力持ち 大関把瑠都の初優勝。
    ・卓球の福原愛ちゃんの 全日本選手権初優勝。
    ・錦織圭君の オーストラリアオープンベスト8 日本人初。 

   どうして 今まであっても不思議でないことが この2012年になって起こったのか?

   やはり 今年は大きな変化の年になるのかもしれません。
 

2012年01月16日
 人間の力をあまり必要としない道具の進化

 今年もハワイから アメリカのゴルフツアーが始まりました。寒い日本とは別世界です。
青空・雲・海・風 どれをとっても気持ちが良さそうです。

 今年も 丸山君をはじめ 日本人選手たちがソニー・オープンに参加しました。3人だけが
予選を通過しましたが 全体的に良い結果ではありませんでした。やはり お客様のように
スポットで参加しても 層の厚いUSツアーでは難しいようです。

 今回少しびっくりしたことがありました。それは あまりにギャラリーの数が少ないことです。
土曜日の優勝争いをしている組でも 人数が数えられるくらいでした。スター選手が
優勝争いをしていないこともありますが それにしても少ないです。何故?

大きな理由は 新しい選手が多いからだと思います。私は ここ1~2年 アメリカツアーを
見ていなかったのですが 知らない選手がたくさん出ていました。ゴルフだけではなく
他のスポーツでも同じですが 有名選手がいて そこに新しい選手が出てくるという
構図が 見やすく 応援しやすいのですが ほとんどが知らない選手だと レベルの高い
ゲームならば まだ見ていられるのですが やはり飽きてしまいます。
それに 知らない人だけでは 会場に足を運んでまで 見ようとしないのだと思います。

では 有名選手とは?勝つだけでは ダメです。勝ち方が必要です。その上 何年も続けて
活躍していないと 見ている側は覚えられません。タイガーだけではなく ミケルソンやエルス
今までの パーマー・二クラウス・ワトソン・セベ・・・達のように。しかし このような個性的な
選手達が出現しづらくなっています。どうしてか?

 私は 道具の進化が 大きな影響を与えているのだと思っています。少し練習をすれば 
300ヤード飛ぶドライバーが作られ ボールの上がりやすいアイアンやユーティリティー。
スピンがかかりやすいロフトが選べるウエッジ。イップスになって パッティングが
だめになっても使える 中尺や長尺シャフトのパターが作られました。そして以前だったら 
林の中へ曲がっていたボールも 横への回転数を抑えたボールへと進化しました。

人間が成長し 熟練することなく 小さい時から 飛んで 曲がらず アンダーパーで
プレーできるように ゴルフの道具は進化しました。つまり たくさんの練習をしなくても
いいスコアでプレーできる。こんな人たちが 次から次へと。ファンは選手を覚える暇なく
また新しい人たちが・・・。こんなことが 会場に足を運んでまで 見たいという選手が
減っている原因だと思います。

 道具の進化は 人間の魅力を引き出しづらくなっています。
プロのトーナメントでの 道具の制限ということも 考えなくてはいけない時期に来ている
のかもしれません。野球の 木製バットと 金属バットのように。

2012年01月13日
 「口コミ」の落とし穴

 お正月が終わったばかりなのに 今年も街には [節分]の文字が目立ち始めました。
世の中は先のこと 先のことと忙しいです。何故そんなに急がなくてはならないのでしょうか。
最近時が過ぎることが早いと感じるのは こんなことが原因なのかもしれません。

 先週末 何かの菌が私のお腹の中に入り 一昨日まで気持ちが良いくらいの下痢でした。
熱などは無く元気だったのですが 食欲もありませんでした。おかげで 正月に溜め込んだ
体重が5キロ近く減ってしまいました。体重が減ることは嬉しいのですが 食べることが
大好きな私にとっては 残念な日々でした。やはり元気は 大切なものです。

 食べることと言えば 何日か前に 「食べログ」のことが話題になっていましたね。
お店で食事をした人が そのお店についての評価を 「食べログ」サイトに書き込むもので
この一件は お店のほうで お金を払い 自分の店の評価を上げようとしたことが問題に
なりました。人間ひとりで 「何でもできる」と勘違いしやすい今の時代。情報はネットに
頼りがちです。もちろんレストランなども この「食べログ」などの評価を見てから決める人が
増えてきました。私も 見る事があります。

考えてみると 今回の事件は 評価を上げようと店側が起こしたものですが 反対に
評価の良い店の 評判を下げるために ライバル店が 悪い評価を書き込むことも
できます。この事はないとはいえないことです。どこまで信用していいのか。
評価の良い店は 間違いでも問題はありませんが 悪い評価を書かれたほうは大変です。
営業妨害にもなりかねません。

 作り上げた評価の書き込みとは別に ほとんどは食べた人たちの評価の書き込みです。
良い評価の場合は 問題ありませんが 悪い評価には 問題があります。悪い評価を書いて
いる人は お店のためを思って書く人も多少はいますが ほとんどは 不満を書き込みます。 
実は このことが大きな問題なのだと思います。

悪い評価は そのお店の人たちの心を傷つけます。書き込む人たちは ペンネームのように
名前を書く人もいますが 悪い書き込みは 匿名の人が多いと思います。自分の顔は
見せずに人を評価します。どれだけお店の人が傷ついたか等は 意に介しません。
「私はお金を払っているのに 美味しくないのだから これくらい書かせてよ!」と。

 人間は 人を傷つけながら 成長していきます。ネットが無い時代も 小さい頃から 
人は 一人ではなく みんなで生きてきました。子どもの時けんかをし 他の人を
目の前で 傷つけ 傷つけられ成長し 傷つけられた時の痛みを覚え 優しくなって
いきました。だから 本当に文句を言いたい時は 本人に面と向かって言ったものです。
それだけ 覚悟を持って 人に意見をしたものです。

しかし現在は 傷つけられた経験のない 痛みを知らない人たちが 平気で人を評価できる
環境になっています。解決するには 私は 匿名やアドレス・ネームのようなことをやめ
書き込む人は 全員 写真入りの実名で書くべきだと思います。そうすれば自分の発言にも
責任が持てると思います。人や物を評価するということは それほど責任が伴うものです。

食べる側が 好き勝手に書き込める時代になってしまったのを受け 行きつけの食べ物屋の
ご主人が面白いことを言っていました。「ひどいことを書かれるんですよね。こっちだって
言いたいことはたくさんあるんです。誰か 店ログでも 作ってくれないかな」って 
冗談で言っていました。
『店ログ』とは お店の人が お客さんのことを書き込むサイトだそうです。面白い。

結局 結論は 「百聞は一見にしかず」 自分で確かめるしかないですね。
そして 食べ物は嗜好品ですから 好き嫌いがあって当たり前。
いくら 人が 「嫌い」と言っても 自分は 「好き」 というとはありますよね。


2012年01月05日
 ささやかな幸せほど 心満たすものは無い

 4日の京都の街は 夕方から雪です。亀岡も もちろん雪。一時は横殴りの雪。
それでも 雪がやむ時間もありました。やんだ合間に うちの旅館の庭をみると 松や
葉の無いもみじの木々に 雪がかぶり それに照明が当たり まるで写真のように
きらきらと輝き うっとりと見入ってしまいました。自然とは 本当に美しいものです。

 昨日ニュースを見ていた時 ある言葉に引っかかってしまいました。
「ささやかな幸せ」 と女性アナウンサーが言った事に 引っかかってしまったのです。
今年はどんな年にしたいですか?という質問を 街で歩いている人にしていました。
ほとんどの人が 今年は 「健康で一年を過ごしたい」「家族が元気でいてほしい」
「何事も起こらないでほしい」「楽しく暮らしたい」などと話していました。 
それをまとめた アナウンサーのコメントでした。

残念です。人間が幸せに生きていくうえで もっとも大切で 基本的な思いを 簡単に
「ささやかな幸せ」と言ってしまう人が 公共放送で話していること。昨年の大災害で 
私達は気づき始めています。大切なことを。それなのに 何百万人いや 何千万人の前で 
不用意に発言してしまう。

最近 「自分らしく生きる」とか「夢を追いかける」とか 耳障りのいい言葉が 世の中に
氾濫しています。私は こんなことのほうが 余程 「ささやかな幸せ」のように思います。

思い切って 自分のことを書きます。

私は 大学生になって 大学のゴルフ部に入ることで ゴルフを真剣に始めました。
(高校時代に何回か 親父とコースはプレーした経験有)大学に入った頃は
ドライバーが 大きくスライスし コースのプレーでは使えませんでした。ウッドは
ドライバーのほか 4Wしかもっていなかったので 2年生の途中までは ティーショットは
4W。それでもスライス。運だけで 4年生の時に日本学生ゴルフ選手権で 2位になり
勘違いをし プロを目指してしまいました。

そして3年半が経ち これでプロテストは最後にし 落ちたらプロになることを
あきらめようとした最後のテストで トップで通過して プロになってしまいました。
プロ入り4年目で初優勝。93年にアメリカのQスクール通過。94年アメリカの試合で2位。
日本人の大好きなマスターズには出ていませんが 全英オープン出場3回。

メジャーに出たいとか 勝ちたいとかは あまり思わず 目の前のニンジンを追いかける
馬のように 目の前のことだけを追いかけていたら アメリカのオーランドに
裏は湖 プール・ジャグジー付きの大きな家に住んでいました。タイガーやケン・
グリフィー(超有名なメジャーリーガーだった)と友達になり アメリカ人でもが
憧れるコミュニティーにいました。

しかし 余裕のあるお金と家や車はありましたが あまり幸せは感じませんでした。
良かったことは タイガーやケンも 普通の純粋な男の子だったことが わかったことくらいで 
アメリカは 知らないより知っていたほうが良いと思うくらいのものでした。
2006年に離婚をし 日本に戻り 親父とお袋と暮らし 次の年の10月に京都に来ました。
それからお袋が亡くなり 親父も亡くなりました。

運良く ゴルファーとして上手くいきましたが 上手くいくことと幸せなことは はっきりと
違うことを学びました。女性アナウンサーが言った 「ささやかな幸せ」ほど 人間にとって
幸せな事はないのではないかと。家族が健康でいることや 子どもの笑顔を見られることや
おしゃべりをしながら食卓を囲むこと・・・。このことが どれほど人間の心を満たして
くれるものか。

今私は 好きなものを食べられくらいのお金しかありませんが たくさんの人に恵まれて 
幸せです。鳴尾ゴルフ倶楽部にお世話になり ゴルフが大好きな先輩達の言葉を聞け 
気の合う仲間達と一緒に飯を食ったり 風呂に入れたりする旅館という 日本的なものの
中に身をおき そこで働く 人間として真面目で 人のいい人たちに囲まれ そして一番気の
合う久美と仲良く鍋をつつき ありがたいことだらけです。現在の夢は みんなが元気で
ニコニコしていてほしいことです。

 最近 きれいな女性や カッコのいい男性が増えました。だけど魅力のある
おんなや 男が減っています。精神が大人になれない人も増えています。
「ささやかな幸せ」が大切なことを 知らない人もたくさんいます。
それに気づいた者としては 伝えていかなくてはと思っています。

2012年01月04日
 2012年

 明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。

 2012年が始まりました。マヤ暦の終末論など 今年は何かが起こる と言われている
年です。マヤ暦は マヤ文明の中の一つの長期暦で 2012年12月21日から23日頃に 
一つの区切りがあることから 後の時代の人間が そのように言っています。未来を
予測することは 現段階では 人間には不可能なので 予想でしか(予言ともいう)
ありません。(一般の人間にはわからないところで 未来が見えている人は
いるのかもしれませんが)

しかし昨年は 人間が予測できない大災害が 日本を中心に世界中に起こりました。
そして お金という 人間が作り出したものに振り回さている 経済を第一に考えてきた
社会にも 疑問を持ち始めた人たちが増えてきたような気がします。
神様への願い事は 「何事も起こらないでほしい」とか「家族がいつも元気でいてほしい」の
ように 「成長よりも 変わりのないこと」を願う人が増えてきました。

2日と3日に行われた 箱根駅伝は 東洋大学が記録ずくめで優勝を飾りましたが
選手を応援するために集まった 沿道の人たちの数は 今年は異常に多かった気がします。
このことも 駅伝という競技が 個人ではなく たすきを繋ぐ みんなの力が結集した
エネルギーを感じたい という人が多かったからなのではないでしょうか。
「ひとりよりみんな」キーワードになりそうです。

 今までの私達は 「あって当たり前」「ないと文句を言う」時代を生きてきたのでは?
と思うときがあります。
  元気で当たり前。
  家族がいて当たり前。
  会社に勤めていて当たり前。
  ご飯が食べられて当たり前。
  電気や水道水があって当たり前・・・・・・。
まだまだ たくさんの当たり前があって それで無いもの 不足なものがあると文句を言う。
私にも 心当たりがあります。(ゴルフができて当たり前など)

しかしこれからは 自分の周りにあること・あるものに感謝ができる時代になっていくような
気がするのです。経済的に成長することを目標にしてきた時代から 心が幸せ感を
味わえる時代へ。
 マヤ暦のことは よくわかりませんが 時代が変わり始めたことは感じます。
人は 都会という 人間の欲望のエネルギーの塊に吸い寄せられいましたが
これからは 自然という大きなエネルギーに魅力を感じる人が 増えるのだと思います。
だって私達は 自然の一部ですから。

 私達の周りにあるものが
        
       無くなって 気がつく人は 普通の人。

       無くなる前に 気がつく人は 賢者。

       無くなる前に 感謝できる人は 幸福な人。
 
  こんな風に感じます。

                                    プロゴルファーの水巻でした。

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