|
先週は お酒を飲む機会があり 三日続けて適量を越えてしまいました。適量を越えても
暴れるわけではなく 少し声が大きくなり よりおしゃべりになるくらいです。しかし50を越えた
体には負担がかかった様で 胃腸の調子を崩してしまいました。「昭和の時代に生まれた」
「大事に育てられた長男」は お腹が弱いです。
そんな体調だったので 先週はゆっくりテレビを見る時間がありました。WOWOWでライブの
スポーツを見ていたのですが やはりスポーツは生がいいです。中でも 錦織君が活躍して
いたオーストラリアオープンテニスは よかった。決勝戦の ジョコビッチとナダル戦も
面白かったですが 準決勝の ナダルとフェデラーの一戦。最高でした。
中学校の時に軟式テニスをしていた私は 自分でプレーするのも好きですが見る事も大好き
です。アメリカにいた時 ご近所さんで トッド・ウッドブリッジという選手がいたので 一段と
テニスに関心を持った覚えがあります。トッドはダブルスの選手で 現在でもダブルスの
メジャー優勝回数の記録を持っています。彼もゴルフが好きだったので練習を見てあげたり
していました。
私がアメリカにいた頃は 男子のシングルスは アンドレ・アガシとピート・サンプラスが活躍
していました。特にアガシは 攻撃的なプレースタイルと今までのテニスプレーヤーにいない
ファッションセンスで大人気でした。アガシとサンプラスの試合は 楽しく見ていました。
その後登場してきた フェデラーとナダル。この二人の戦いは サンプラスとアガシの戦いに
似ています。サンプラスとフェデラー。彼らのスタイルは オーソドックスで技術力があり
戦略的で理論的。そして あまり表情を変えない。一方 アガシとナダル。彼らも技術は
ありますが 理論より感性が鋭く 攻撃的で情熱的。つまり 理論と感性の戦いのように
見えるのです。
今回のフェデラーとナダルの戦いも 同じでした。今回の結果は ナダルが勝ちましたが
理論派と感性派の戦いは 興味深いです。
この理論(知性)と感性。どちらがいいのか。どちらも大切ですが 今の私達は学校へ行き
知識や理論を教えられ生きています。どちらかというと 感性よりも知識を大事にしている
ような気がします。ゴルフも 毎週 週刊誌が出て 理論や理屈ばかりを叩き込まれて
います。(だから 上達しない人が多いような・・・)
そして今の時代は 勉強ができ 理論的な人が優秀な人間で 感性が鋭い人を 動物的だ
と言って どちらかというと遅れている人みたいに見ることもあります。「感」よりも「理論」
を上位に見る時代です。両方ともあることがいいと思いますが 現代人は 理論を大事に
しすぎて 何事もわかると思いがちです。そして何事でも 起こったことは 説明できると
思っている人もいます。
しかし私は 人間にとっては 知性よりも感性のほうが大切だと思って生きています。
勿論ある程度の知性は必要ですが。例えば 読み・書き・そろばん ぐらいは・・・。
知性は「身につける」と言いますが 感性は「磨く」と言います。つまり人間は 元来 知性は
持っていないが 感性というものは 生まれた時から持っているものなのです。私達の
才能なのです。力なのです。魂なのです。
サンプラスもアガシもフェデラーもナダルも みんな好きなプレーヤーです。だけど 私達
テニスファンは アガシやナダルに惹かれてしまいます。理屈は無いのです。みんな
感じることだから。
実は 世の中 みんな感性で生きていることが多いのです。例えば人を好きになる時
好みはあるかもしれませんが 「ピーン」と来ますよね。それから 食べ物だって
好き嫌いは 自分の意思には関係なく 勝手に感じてしまいます。おいしいとか
まずいとか。それを後から 理屈をつけるのです。
好きな言葉があります。
「祈りは 私達の語りかけだが ひらめきは 神からの語りかけである。」
感性は 私達と神さまのつながりです。私は宗教はあまり信じませんが 神様はいると
思っています。
|